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明治に開催された博覧会-第5回内国勧業博覧会、ふたたび-
展示期間:2017年 3月 1日~2017年 4月30日

今からさかのぼること110余年、1903(明治36)年3月1日に、第5回内国勧業博覧会が大阪で開幕しました。
153日間の会期中に入場した人数は435万人を超え、出品点数は27万6千点余り。明治時代、各地で全5回開催された内国勧業博覧会中、最大規模の盛大なものとなりました。
「・・・名づけて内国勧業と云ふと雖も、実は万国博覧会と相距ること一間のみ。」(大阪朝日新聞1903年3月1日朝刊1頁)とも評されたこの博覧会を、絵葉書や写真でたどります。
★展示期間終了後も「Webギャラリー一覧を見る」よりご覧いただけます。

第五回内国勧業博覧会見物案内図 

博覧会の会期中には、数多くの会場案内図が作成されました。噴水と花壇を配した豪奢な正門を抜けると、広大な敷地に多数の展示館や遊戯施設が配されていたことが分かります。
裏面には、観覧者心得のほか、出品物が展示された各展示館の案内が掲載されています。

喫茶会図(第五回内国勧業博覧会喫茶会) 

内国勧業博覧会では、多くの入場者が殺到したため、会場内の飲食店は大繁盛でした。会場内には、料理店のほか、喫茶店や茶室など、休憩施設が整っていました。大阪市の茶業会は共同で茶菓子の休憩所を開設していました。この喫茶会図では、個別の飲食店が出典していた様子がわかります。菓子調進部の中に、老舗和菓子屋「鶴屋八幡」などが参加しているのも見てとれます。

通運館(第五回内国勧業博覧会紀念写真) 

通運館は、交通運輸業者が鉄道運輸に関する出品を行った展示館です。このパビリオンでは、船舶、無線電信など通信設備、鉄道などの模型が展示され、日本の輸送機関が紹介されていました。出品物の中でも取り分け目を引いたのが、郵船会社の航路が朱線で示された大地球儀で、寄航各地写真の塔とともに回転していました。また三菱造船所の出品区域では、船舶の模型が多く陳列されていました。

美術館正面 

2階建・全12室の美術館には、全国から日本画・洋画・彫刻等が出品されました。難波橋の「ライオン像」作者として知られる天岡均一氏作の彫刻「豊公乗馬像」は3等賞を受賞しています。
また、美術館前の広場は会場全体を見渡せる高台にあることから、夜間イルミネーションの見物スポットとしてもにぎわいました。

台湾館 

第五回内国勧業博覧会では、当時植民地だった台湾も参加していました。台湾総督府が主体になって、独自のパビリオンが設けられていました。約1260坪の広い敷地に、舞楽堂、協同売店、喫茶店、台湾料理店などいくつもの建築群があり、壮大で複雑な構造をしていました。この絵葉書にあるのは、台湾館の正面入口にあたる楼門です。

第五回内国勧業博覧会電灯装飾之図 

この博覧会では、日本初の会場イルミネーションが導入されました。会期中の日曜祭日等、夜間開場時には各館外部に装飾電灯が灯され、観客は会場内で夜景を楽しむことができました。夜間開場の日には、奏楽堂での楽隊の演奏や不思議館の夜間開演など様々な催しも行われました。

望遠楼ト台湾館 

美術館の裏に建てられた望遠楼は、建設した大林組にちなんで、一般に大林高塔と呼ばれました。高層の木造塔内には、大阪初となるエレベーターが設置され、展望台からの絶景を見に多くの人々が訪れました。

博覧会余興 ウヲータシユート 

会場内の様々な娯楽施設の中で、とりわけ人気を集めたのが日本初登場のウォーターシュートでした。工業館の東北の一角、茶臼山の斜面を利用して設けられた高さ20メートル程の台上から、8人乗りの艇で池に向かって滑り降りるもので、海軍服の艇掌が乗り込むなど、演出にも趣向を凝らしたものでした。

博覧会唯一の余興 不思議舘電気踊火焔ノ舞 米国女優カーマンセラ嬢 

不思議館には千五百人を収容できる劇場が設置され、科学の成果を応用した出し物が演じられていました。この舞台ではアメリカ女優のカーマンセラによる、電気を応用した光の舞踊が大人気でした。電気光線を利用し、衣装の長い袖を縦横自在に振って、火焔と戦う様を演じる火炎の舞など、数種類の出し物が行われました。その姿は、多数の写真や絵葉書に残されています。